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2018年11月14日(水)
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見る人

こんにちは、ホームページ制作Fの植木です。
少し前に打ちのめされ、最近なんとか前向きになろうと自分なりに試みたりして、
またしても今日打ちのめされてしまいました。

ニーチェの言葉って前に流行りましたけど、
「提示された案に対して反対するとき、確固とした根拠があって反対する人はごく少ない。
多くの人は、その案や意見が述べられたときの調子とか言い方、
言った人の性格や雰囲気に対して反発の気分があるから、反対するのだ。
このことがわかれば、多くの人を見方にできる方法が何かがおのずと知れてくる。
表現の方法、説得の仕方、物言いの工夫という技術的なものも確かにあるだろうけれども、
それらの上には、技術では及ばないもの、つまり、意見を述べる人の性格や容姿、人柄、
生活態度などがあるということだ。」
を思い出しました。
何も救いはないですが、思い出しました。
なにもかも上手くいきません。
こんだけ上手くいかないとなると、私の存在自体が危ういのかもしれません。

頑張ろうとしていました。頑張るとは我を張るとは、まさしくなのかもしれません。
わたしは頑張っていたんだろうか、ただ、我を通そうとしていたのか?

よく、見る人の気持ちになってデザインをするように言われるが、
「見る人」は誰なのだろうか?
デザインが良くないとことごとく言われました。
段々、私の中にいる色んな「見る人」というのが崩れ出しました。

私の中にいる「見る人」は私のデザインで納得していました。
でも、その人はこの世にいなかったみたいです。
前回打ちのめされたときに、何人かいた「見る人」がとうとう去っていきました。

そしてその時に、頑張ってはいけない、と言われました。はたと思ったのが
先の「頑張っていたんじゃなくて、ただ我を張っていただけじゃないか」でした。
私は、私の中にある一人の人格で、ただ頑張ろう、我を通していたんじゃないかと。

そこで、人の手を積極的に借りようと思いました。
私の中の「見る人」はいなくなってしまったし、
私の中の「見る人」が間違っているのであれば、他の「見る人」にプレゼンすべきです。
それに何かをつくりあげるときに、誰かの力を借りて前に進むのは
正しいことが多いとも思いました。

パラパラ漫画でアニメ映画をつくるとしたら、
1人で1枚1枚描くより、10人で作り上げた方が早いし、
10人分の脳みそを使うことができるから正しいかもしれない。と同じように。

だから今度は周りの意見を聞き、積極的にそれらの人格を取り入れ、
まずは飲み込んでいこうとしました。

しかし、その姿勢が今度は、
言うことを聞くだけ、人のせいにしている?考えていない。
と思われていたようで、気がちょっと緩んだすきに涙が出て止まりません。
困ったものです。涙は何も役に立たないから。
これが終わったら、そういう時もあったと思えるのか、
もうやっぱり無理なのか。

「ここは読まないよね」「読む気を失いよね」と言う人もいれば、
「ここは気になるから読む」「ここにぐっと来た」という人もいる。
求めるものが違うからなんだろうか。
見る人もいろいろいる。
初めから何か否定的な気持ちを持っている人も、本当に求めている人も。
見る人って何なんだろう。

私の中に、そんなジャッチメンとする本物の人が欲しい。
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