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2018年11月30日(金)
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10年間のこと

こんにちは。更新管理担当のオカベです。
早いもので11月も終わりいよいよ今年も残り1ヶ月ですね・・
月日の流れ早すぎてびっくりしません?こないだ年が明けたような感じです。

みんな結構自分のこととか家族のことを書いているので私も書いてみます。
私事ですが先日誕生日を迎えついに30代に突入してしまいました。いわゆる大台・・・?
あまり過去を振り返ったりなどしないのですが、20代なかなかにいろんなことがあったなぁと思います。

20代、母の看病・介護に始まり、母が亡くなってからの生活スタイルの改変に努めた10年でした。
二十歳を過ぎ、同世代の人たちが大学生活を謳歌したり、好きなことをしたり、
一番楽しく過ごしているであろう時期を私は母の病室で過ごしましたし、
人工呼吸器で繋がれた寝たきりの母になにをするでもなく、呼吸器のエラー音が鳴り響く病室に
毎日いた頃は看病疲れで本当に死にたかったです。
死にたい願望を自分がもつなんて想像もしてなかったですが、疲労と吐き出す宛のない嘆き、
救われない孤独を我慢でフタをし続けて身体の前に心が死んだ感覚がありました。
だから今でも当時を思い出すと無理やりフタをしたものが溢れてしんどいし、ひたすら泣く、といった
状態になってしまうのである種トラウマなのかぁ・・とも思います。
母が亡くなったときに友達から「おつかれさま」といってもらえた時、介護することを疲れると思っては
いけないと思いながらも、頑張りを認められた気がして嬉しく思い、また嬉しく思ってしまう
自分が情けない、という感情の負もありました。

母が亡くなってからは当時小学生の妹に合わせた仕事を探して、アルバイトをして家事をして、でしたし
妹が中学生になって部活に入ったり帰宅時間が遅くなるから
ちゃんと正社員で働ける会社を探そう、とおもって応募したのがFでした。
母の介護をする中で看護師さんたちがしてくれる事、自分の知識だけでは介護ができないことがもどかしく
介護というものを学びたい気持ちもあって介護職に進むか悩みましたが、中退した美大とかこれまでやってきた
デザイン職に就くのも諦められずで、最初は経験もあったDTP系で探しましたが
やはり残業ありきの業界なので全て条件合わず・・・
Fも「17:30まで」とあり18時までの希望で応募しましたが「19時までじゃないと無理」とか
「遅く残れる日何日かあるでしょ」といわれ入社しての数カ月は1ヶ月ごとに残れる日の報告をしてたなぁとか思いました。
今思うとめちゃくちゃブラックですよね・・・・・・
絶対にあんなFに戻ってほしくない・・・・


Fに入ってもう5年目!小学生だった妹ももう高校生ですしいろんな事に余裕が出てきました。
デザイナーになりたくて中学・高校・大学と美術に進むも、大学進学したころの自分には
想像もできない結果となりましたし、夢って本当に叶えられない、
見るものなんだなぁと絶望したときもあります。
けど、思い描いたビジョンではないですけど今は今で充実していますし、良くも悪くも
なるようにしかならないのだなぁと改めて思います。
この10年、自分のことは後回しにすることが本当に多かったな、と。
誕生日というものすら自分で誕生日を演出しなければ普通の日と変わらないし、それすらもつかれて
この数年気にすることもなかったのですが、今年はスタッフの長山からプレゼントをもらえて本当に嬉しかったです!
そういう部分も含め、来年からはもっと自分を大事にしていけたらなぁと思います。
12月はこの10年の自分を褒め、来年に向けての準備ができたらいいな・・・・・・・・


今月もお疲れ様でした!師走がんばろう・・・・・・・・・・・・!!!!!!!!
画像は気が早いけど去年みたクリスマスツリーです。


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